若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
3.
「ねえ、幹人」

「はい。なんですか?」

 朝食をテーブルに出しながらの母の言葉に軽く答える。

「別に、あなたが望むのなら、男の方でも良いのよ?」

「は? なんのことですか?」

「結婚相手」

 男の人と結婚相手が頭の中でくっついて、思わず飲みかけていたコーヒーを吹き出しそうになる。

「グッ……ゴホッゴホッ!」

「あらあら。慌てないで」

 母が背中をさすってくれる。
 けど、母さん、あなたのせいですよ、これ。
 テーブルの反対側で新聞を読んでいた父さんも目を点にして母さんを凝視していた。いや、母さんと僕の方を……。
 誤解だ! 僕にそっちの気はないから!
 けど、むせている間も母のあらぬ発言は続く。

「あちらではそう言うのも普通なのでしょう? わたくし、あなたが愛した方ならちゃんと受け入れられますよ?」

「……ちょっと待ってください。どうしてそうなったんですか!?」

「あらだって、あなた、来月には三十六歳だと言うのに、浮いた噂の一つもなく、お見合いもしたがらないし。どんな人でも良いと言ってあるのに連れて来てくれないから、これはもう、女性じゃないのかしらって。だからね、どんな女性でも良い、じゃなくて、どんな人でも良いのですからね? 遠慮せずに連れて来なさいね?」

 いやなんて言うか。
 母さん、それはさすがに考え過ぎだ。
 とは言え、これには若干事情がある。

「ご心配おかけしてすみません。ですが、母さん、残念ながらそういう相手はおりません」

「本当に?」

 母はそれでも、まだ隠しているのかもと思っているようで疑いの眼差しを向けてくる。

「本当に心から『この人だ』と思える人を探しているんです。まだ出会えていないだけですよ」

「なら良いのだけど。あんまり見つからないようなら、お見合いなどで出会いを探してみても……」

「お待たせして申し訳ないですが妥協はしませんよ。もしも『その人』に出会った時、私が既婚者だったらどうします? 誰も幸せになれないでしょう?」

 案に離婚や不倫の可能性を示唆する。もしも運命に人に出会えたとしたら、僕は自分を抑えられる気がしない。無理に抑えたとしたら、それはそれで僕が不幸だ。
 下手にお見合いなどして、『この人でも良いかも?』なんて思ってしまったらそんな最悪な結末になるかもしれない。逆に、『この人だ』という人に出会えなければ、それで良かったと思うのだろうけど。

「……まあ、そうかも知れないわねぇ」

 母は小首を傾げつつ同意してくれる。

「ご馳走様でした」

「まだ三十六、と考えた方が良いのかしらね。今は晩婚の方も多いし」

「そうそう。気楽に構えていて下さい」

 そう笑いかけてから、ナフキンで口元を拭い席を立った。


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