若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「突き出しの若竹煮と黒豆茶でございます。こちらに急須も置いておきますので、ご賞味ください」

「ありがとう」

 響子さんは目の前に置かれたのは湯気の立つ湯飲みを見て不思議そうにする。
 店員さんが一礼して出て行くと、

「……黒豆、茶?」

 と湯飲みに手をつける。

「はい。飲みやすいお茶ですが、もし苦手なら違うものを頼むので言ってくださいね」

 ここはお茶の種類も豊富だ。お茶だけでなく、ノンアルコールドリンクが豊富に置かれている。
 お酒を飲まなくても選択肢はたくさんあるけど、響子さんのあの手の冷たさからして、温かいお茶を頼んでおいて良かったと思う。

「あ、はい。いただきます」

 響子さんは両手で包み込むように湯飲みを持つと静かに口をつけた。

「……美味しい」

「それはよかった」

 口に合ったようでホッとする。

「これ、ノンカフェインなんですよ」

「へえ」

「さっき、うっかり栄養ドリンクなんて渡しちゃったので、せめてお茶はカフェインレスでと思いまして」

 絶対に外れがないようにするなら緑茶辺りを選べば良かったのだけど、だからわざわざこれを選んだ。

「ありがとうございます。でも、そんな繊細な質じゃないんで大丈夫ですよ」

 響子さんはそう言いながら、微笑を浮かべた。

「そうですか?」

「はい。でも、これ好きなので」

 響子さんは、ごくりとまた黒豆茶を飲む。

「選んでもらって嬉しいです」

 にこっと僕に向けられた笑顔に思わず息をのむ。
 響子さん、ダメだよ、いやダメじゃないけど、そんな笑顔見せられたら、好き過ぎて暴走しそうになる。
 今は時じゃない。絶対にこんな日に僕の欲望は見せちゃダメだ。

「いただきます」

 響子さんは湯呑みを置くと若竹煮にも手をつけた。

「あ、美味しい」

 そう言う響子さんの目には、少しずつ光が戻ってきた。
 肉体的に疲れていることには変わりないだろう。だけど、少しでも心の疲れが取れると良いな。
 そう思いながら、僕は心を落ち着ける。

「いただきます」

 僕も目の前の小鉢に手に取った。

 その後も少しずつ運ばれてくる料理を響子さんと二人で楽しんだ。
 響子さんはどの料理も「美味しい」と笑顔で食べてくれた。店屋だけあって盛り付けも美しく、味も洗練されていた。料理を楽しんでくれてお腹いっぱい食べてくれて本当に良かった。
 そう本気で思っているのに、この笑顔を引き出したのが自分じゃないのが少しだけ悔しかった。今度、レシピ教えてもらおう。そんなことを心に誓う。


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