若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 途中で一度、トイレに中座すると、店のオーナー(友人)が声をかけてきた。

「幹人」

「萩野? 久しぶり。元気そうだな。今日来てたの?」

「いや、幹人が珍しく個室使うって言うのを聞いたから、オーナーとしては出資者様にご挨拶の一つもしなきゃと思ってさ」

 なんて言いながら、萩野は僕の肩を抱く。
 こいつはオーナーで店長とかではない。この店含めて数件飲み屋を経営していて、普段から店の様子を見には来るけどよほどの人手不足でもない限り店には出ない。

「わざわざ?」

「いやー、女連れとか聞いたら気になるだろ? どうせ、すぐそこに住んでるんだから」

 本心はそっちか。調子の良い言葉に笑いながら、「じゃ」と個室に戻ろうとすると、 

「え、もう? それじゃ、俺も挨拶させてもらお」

 と、ちゃっかりついてこようとする。

「悪いけど」

 手を上げて友人を制する。

「彼女、疲れてるから」

「ええ~」

 不満そうな声を出してもダメなものはダメだ。

「あ、そうだ。ちょうど良かった。支払いお願い。それと、ここって柿の葉寿司扱ってるよな? 残ってたら二人前包んどいて」

 カード入れからクレジットカードを一枚抜き取り、萩野に渡す。

「人使い粗いな~」

 そう言いながらも、「お預かりします」と瞬時に表情を引き締めて両手をそろえてカードを受け取る萩野。
 そのギャップが笑える。
 ちゃんとスーツ着てるし名札もつけてるし。僕の顔をコッソリ見に来たと言いつつ、店に足を踏み入れるからには店の一員として振る舞う。こういうヤツだから、出資しても良いと思った。会社じゃなくって個人的に。さすがにこの規模では、会社の審査は通らない。

「柿の葉寿司は二袋に分けてご用意すればよろしいでしょうか?」

 とはいえ、ここまで営業に徹しなくても良いのにと思っていると、後方からやってきた客が僕の横を通り過ぎ、そちらに向けて萩野が小さく会釈をした。
 なるほど、客がいたのか。
 
「一つで良いよ。じゃ、よろしく」

 軽く手を上げ、そのまま響子さんの待つ個室へと戻った。
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