若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 そう言えば、一週間前の今日だったっけ。
 思い起こせば、ちょうど先週の今くらいの時間に牧村さんと出会ったのだ。
 先週も当直ならぬ夜勤明けで、今日とは雲泥の差のひどい体調で頭痛を抱えて疲れた身体を引きずるようにして歩いていた。
 ……次、あんな状態になったら無理せずタクシーで帰ろう。いや、内科の先生に診てもらって帰ろう、かな。今思い出しても、あれはまずかった。牧村さんがいなかったら、ホント大恥かいてた気がする。

 そんなことをツラツラ考えながら歩いていたから、幻を見たのかと思った。

「……え、牧村さん?」

 病院を出て駅へと向かう道に出ようと歩いていると、正面に満面の笑顔の、牧村さんがいた。

「おはよう、響子さん」

 小さく手を振る牧村さんは今朝も変わらず爽やかだった。

「あ、おはようございます」

 牧村さんはいつも通りにスーツ着用。こんな時間にここにいたら仕事に間に合わないんじゃないかな?
 仕事……結婚詐欺師? そうか。普通のサラリーマンじゃないんだっけ。でも、本当に? だって、私、まだ一度もお金を払わせてもらっていない。
 何かおかしいと思いつつ、結婚詐欺師というのは親しくなって心を許してから、「母が急病で」とか「会社で大きなミスをして」とか言ってお金を引き出すのだったなと思い出して、自分を納得させる。

「なんでここに?」

「お迎えに。出勤を少し遅らせました」

 笑顔のままに牧村さんは私の荷物に手を伸ばす。うっかり反射的に渡してしまい、慌てて「あ、いえ自分で」と取り返そうとするけど、牧村さんはニコリと笑って「持つので大丈夫ですよ」と制された。
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