若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 その時のこと、実は覚えている。
 当時五歳の僕は、ある日突然、よく遊んでくれた伯父が死んだと聞かされても何のことか分からなかった。そのすぐ後にまたもう一人の伯父が亡くなり、ようやく死の意味を知った。
 死んでしまうと、二度と会えなくなるのだと。
 穏やかだった父の顔が険しくなり、訪ねてくる祖父と言い争いをする姿を何度も見た。怯える僕に、母が、

「二人とも、お互いに自分の大切なものを……患者さんやね社員の皆さんを守ろうと必死なのよ。私利私欲で喧嘩しているのではないから、怖がることはないわ。大丈夫」

 と優しく教えてくれた。
 難しすぎて、その時はよく分からなかったけど、とにかく「大丈夫なんだ」とホッとした。

 そんなやり取りがしばらく続いた後(五歳の自分には永遠にも感じられたけど、多分一ヶ月かそこら後)、苦虫を潰したような顔をした父と真顔の祖父の前に立たされた。

「幹人、お前、爺さんの会社を継ぐか?」

 父は祖父の隣から僕の顔を見つめていて、その視線の悲壮感で穴が開きそうだと思ったくらいだし、祖父は祖父で僕の目を超絶真顔でジッと見つめて来た。
 初孫の僕を祖父はいつも可愛がってくれていた。甘い祖父だったと思う。家業であった牧村商事に関わらない父の元に生まれた僕は、いわゆる外孫のようなものだった。難しい話もされたことはなかったし、とても自由に育てられた。
 父はおそらく自分と同じように、僕にも好きなことをさせたいと思っていたのだろう。だからこそ、あの日の父はあそこまで悲壮感漂わせていたのだと思う。

「爺さんの会社はな、色んな国と取り引きしてるんだぞ? 幹人は海外旅行が好きだろう? きっと面白いぞ?」

 取り引きって言葉自体が分からなかったけど、海外旅行には毎年連れて行ってもらっていたし外国は好きだった。

「どこの国?」

「色々だ。幹人が好きなタイもベトナムも中国も、後アメリカやイギリス、フランスなんかも。世界中だ」

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