若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 十九時過ぎ。
 外出先から戻って約一時間。秘書が用意してくれた仕事を一通り片付け終えて、椅子に座ったまま両手を上げて大きく伸びをした。
 これで、突発的な事案が飛び込みでもしない限り、明日は十六時半には会社を出られる。会議さえなければ、もっと早くに出ることだって可能だろう。

 ……響子さん。早く会いたい。
 響子さんの顔を思い浮かべるだけで表情が緩むのを感じる。
 これまでの三十五年の人生は響子さんと出会うためにあったと言っても過言ではない。それなりに誰かと付き合ってきたし、これまでだってそれなりに楽しく充実感のある人生を生きてきたつもりだった。
 けど違うんだ。何というか、自分の中に足りなかったパーツが見つかったというか、心に空いていた穴が埋まったと言うか。多分、今までそこに穴があることにすら気付いていなくて、この形が自分だと思っていたんだ。だけど、埋まって初めて分かった。穴が空いていたんだ。

 明日は出会って一週間記念日。
 何かしたい。だけど、重すぎると思われたくはないから、いつも通りの自分でいなきゃと思う。
 せめて、出会ったN大学病院近所の街角に行ってみようか? いや、それはストーカーっぽいし、さすがに微妙か?
 ……いや、待て。
 響子さんの勤務終了は朝八時。と言うことは、多分、八時過ぎ、遅くても八時半には病院を出るだろう。
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