若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「とにかく、端に移動しましょうか」

 そのまま抱きかかえられるように支えられて歩道の端(多分)に誘導される。

「座った方が楽かな」

「あ、いえ、えっと壁か何かあったら」

 察しが良いその男性は、そこまでで聞くと私の身体を壁にもたれかけさせてくれた。けど、結局、その場に座り込む。
 ああ、これ貧血も出てるな。
 そう言えば、と忙しさにかまけて昨日は夕飯を食べ忘れたのを思い出す。もちろん朝食はまだ食べていないし、昨夜は夜食を口にするような暇は全くなかった。昼食を食べた記憶もない。ああでも、昼頃に何か飲んだんじゃなかったかな。そう野菜ジュース。

「大丈夫……じゃなさそうですよね」

 男の人の声が近い。目を開けると徐々に戻り始めた視界の中で男性は私の横に一緒にしゃがんで、私の顔を覗き込んでいた。

「いえ、ただの貧血なんで、じき落ち着きます」

「……うーん。でも、熱ありそうですよ?」

 大きな手がおでこに当てられた。
 その感触に、不意に両親が健在だった頃を思い出した。滅多にない風邪を引いた時なんかに、二人はよくこうやって私の熱の有無を確認した。

「えーっと、夜勤明けかな? 家ですよね。送ります」

 ん? まさかの知り合い?
 声には聞き覚えがない。だけど、医師という仕事柄自分は覚えていなくても相手から覚えられていることは多い。
 まさか、私、白衣脱ぎ忘れてないよね!? ……大丈夫。ちゃんとニット素材のだぼっとしたジャケットを羽織っていた。

「あ、不審者じゃないですよ。出勤途中の善良な市民です」

 その言葉に思わず笑う。
 出会い頭にぶつかった相手だ。少なくとも不審者じゃないのは分かるし、親切なのも間違いない。
 そうこうしているうちに落ち着いて来た。視界は戻ったし、もう立っても大丈夫そうだ。
 地面から隣の男性に視線を移す。

「良かった。視界、戻りました?」

 そこには思いの外、綺麗に整った顔の三十代くらいの男性がいた。
 うん。記憶にはない。
 覚えていないだけかもだけど、この顔が脳外科に来たら、さすがに忘れないと思う。

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