若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 車を降り教えてもらった響子さんの部屋へと向かう。鉄製の外階段を上がるとカンカンと足音が響いた。
 若園という表札を見つけて、ドアの脇にある小さな呼び鈴を押す。インターホンですらない。
 これ、セキュリティ大丈夫か?

 ピンポンという音は鳴るが、人が出てくる気配はない。何度も押すのは躊躇うが、少し待ってもう一度押す。やっぱり出てこない。
 もしかして、中で倒れているんじゃないか!?
 仕事なんか放り出して様子を見にくればよかった!

 焦りから呼び鈴を何度も連打してしまう。だけど、出てこない。もしかして、いない? どこか近所の病院に行ってるとか……。
 でも、大丈夫を繰り返していた今朝の彼女の様子を思い出すに、とても病院に行っているとは思えなかった。
 ごめんなさい。これじゃまるっきり不審人物だろう。と思いつつ、僕は呼び鈴を押し続けた。

 多分、二十回くらい押したところで、ドアの向こうに人の気配がした。鍵を開ける音の後に

「は…い」

 と小さな声が聞こえてきた。次の瞬間、ガチャっとドアが押し開けられた。

「よかった!」

 と、思わず安堵の息を吐く。
 だけど次の瞬間、とても安心できる状況じゃないと気づいた。響子さんはジャケットまで朝出会った時のままの格好だったし、廊下の薄明かりに照らされた顔は朝以上に憔悴している。

「なんで?」

 朝は綺麗に澄んでいた声はひどくザラザラした鼻声になっていた。

「あ、突然すみません。まず忘れ物です」

 と右手に持っていた名刺入れを差し出す。

「車に落ちてたそうです」

 緩慢な動作で右手を伸ばしながら、響子さんは首を傾げながらもお礼を言う。

「わざわざすみません」

 名刺入れを手渡した後、左手に持っていたビニール袋を差し出した。

「後、これ、差し入れです」

「ん?」

 響子さんは反射的に左手を出して受け取ってくれる。頭が全く働いていなさそうで心配になる。
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