若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「いえ、そんなとんでもない」

 なんなんだ一体。
 でも、断りの言葉が伝わる前に運転手さんは車を降りて来て後部座席のドアを開けた。
 スーツ着てるし手袋はめてるし。人の良さそうな笑顔といい、マジで本職の運転手さんらしい。

「どうぞ、お乗りください」

「あ、この方、体調が良くないから気を付けてあげて」

「かしこまりました」

「え、だから……」

 電車で……と言いたいのに、また始まった頭痛に頭も口も回らない。

「あ、そうか」

 と男性は思い出したように懐に手を入れ名刺入れを取り出した。
 慣れた手つきで名刺を一枚取り出すと、

「牧村商事の牧村と申します」

 と差し出して来た。
 反射的に受け取ってしまい、ぶしつけにマジマジと見てしまう。
 どこかで見たことのあるロゴに「代表取締役社長 牧村幹人(まきむらみきひと)」という文字。
 一般企業には疎いけど……これ、かなり大手の商社だったんじゃ?
 てか、本気で「社長」って書かれてるんだけど……。この人、せいぜい三十代半ばだよね?
 ズキン。
 ああダメだ。頭痛い。
 そうだ。名刺。私も持ってたっけ、一応。あーどこにしまった? いや、そもそも渡す必要あるんだっけ?

「大丈夫ですか?」

 いつの間にか、名刺を持ったまま顔を顰めて立ち尽くしていたようで、男性……牧村さんが私の顔を心配そうに覗き込んでいた。

「とにかく、座って」

 背中を押されて、そのまま車の後部座席に座らされる。
 いや、そうじゃなくて。

「過労……かな? 無理しないでね」

 そう言って、牧村さんは鞄から栄養ドリンクを取り出した。

「良かったら飲んで。試供品で申し訳ないけど、胃に負担が少なくて空腹でも飲めて、身体に必要なものが色々詰まってるらしいですよ」

 思わず受け取ると、お礼を言う間もなく、

「じゃあ、真鍋さん、後はよろしくね」

 という声が聞こえて、ドアがバタンと閉められた。

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