若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 そんな私を見て、牧村さんは嬉しそうに笑った。

「すぐ用意しますね」

 テーブルにはカセットコンロがセットされていた。それから、とんすいに質の良さそうな割り箸も並べてある。
 程なく運ばれてきたのは、良い感じに使い込まれた大きな土鍋。
 ……懐かしい。
 でも、一体どこからこんなものを?
 当然だが、自炊もしない一人暮らしのこの家には、こんなファミリー向けの土鍋なんてあるはずがない。
 疑問が顔に出ていたようで、

「すみません。響子さんの側を離れがたくて、実は鍋と材料は家から持ってきてもらいました」

「え? これ、牧村さんちの鍋ですか?」

「はい。古いもので申し訳ないです」

「いえ全然問題ないです」

「もしかして、これも?」

 とカセットコンロやとんすいを指さすと、

「はい。あれこれ一式」

 そう答えながら、牧村さんは鍋の蓋を開けた。
 うわぁ。
 これまでも良い匂いがしていると思っていたけど、蓋を開けると一気に匂いにやられる。
 湯気の向こうにはぐつぐつ煮込まれた白菜、ネギ、春菊、豆腐、えのき、白滝……。

「美味しそう」

「響子さん、病み上がりなので、味に癖のない水炊きにしておきました」

「水炊き……懐かしい」

 そう。昔、母がよく作ってくれたのは水炊きだった。

「良かった。寄せ鍋と悩んだんです。味付けはポン酢で大丈夫ですか?」

「はい」

 ん? でも、ポン酢なんてうちにはなかった気が……。
 と一瞬考えるが、気にしないことにした。土鍋にとんすいが出てくるくらいだ。ポン酢も出てきたって何もおかしなことはない。
 ぼんやりしている間に牧村さんが鍋の具を取り分けてくれる。

「はい、どうぞ」

「……あ、鶏肉だ」

「はい。悩んだんですが、今日はサッパリと鶏肉にしました。何か好きな具はありますか?」

「つみれ」

「良いですね! 魚は無理ですが、鶏肉で良ければ今作りますよ」
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