若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 ええええ?
 戸惑っている間に運転手さんが運転席に座り、

「どちらまで行きましょうか?」

 と聞かれて、今更断ることもできずにうっかり最寄りの駅を答えてしまい……。
 そのまま車に揺られること約二十分。
 最寄りの駅では下ろしてもらえず、

「ちゃんと送り届けないと社長に叱られます」

 と言われては断わることもできず、結局、アパート前まで送ってもらった。
 こんな高級車が横付けし、運転手さんにドアを開けてもらうにはあまりに不似合いな安アパート。
 学生時代に住んで以来、かれこれ十年以上お世話になっている1Kで、自分的には必要十分なのだけど、普通に考えて自分の年齢ではかなり質素な暮らしだと思う。

「ありがとうございました」

 車を降りようと立ち上がった瞬間、また立ちくらみ。
 立っていられずに座席にドシンと逆戻りすると、

「大丈夫ですか!?」

 と運転手さんが慌てて手を伸ばしてきた。

「すみません。大丈夫です。ちょっとだけ、待ってもらってもいいですか?」

「はい、いくらでもゆっくりしてくださって大丈夫です。落ち着いたら部屋までお送りしますので」

 いやそれはいらない。
 と言いたかったけど、これは本気でダメなヤツかもとも思う。
 うん。もしかしたら、さっき牧村さんに指摘された通り熱があるかも知れない。こんなことならもう少し病院に残って、誰か適当なドクターに診察してもらって薬もらってくるんだった。
 まあいいや。寝れば治る、よね。……多分。
 数十秒くらいかな。目を瞑って立ちくらみが治まるのを待って、

「すみません。お待たせしました」

 立ち上がろうとしたら、

「お持ちします」

 と鞄を持たれてしまった。
 大丈夫と言うには微妙な体調だと、さすがに自覚したので、ありがたくお願いする。
 手すりを掴み足を引き摺るようにして外階段を上がる。
 ズキンズキンと割れるように頭が痛む。
 マジ、ダメだ。

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