若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 夕飯は鍋の残りで〆うどん。
 だけど、残り物って感じじゃなくて、野菜も増えているし卵とじになってるし、味付けも変わっていて最高に美味しかった。

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「いえ、全然お粗末じゃないです! ものすごく美味しかったです」

 昼と同じような会話に、牧村さんはまた嬉しそうに笑った。

「それは良かったです」

 使い終わった食器を片付けながら、

「本当はこの後に雑炊もしたいところですが」

 と言われて、思わず声を上げる。

「雑炊!」

 ほぼ汁だけになった鍋を見ながらうっとりしてしまう。子どもの頃、鍋の翌朝は鍋の残りで雑炊というのが定番だった。
 美味しいだろうなぁ……。

「でも、お腹いっぱいです」

「ですよね」

 牧村さんはにこりと笑った。

「明日の朝、雑炊作りに来ましょうか?」

「……え?」

 思わずうなずきそうになって、思い出す。

「いえ、明日は仕事なんで」

 と答えながら、残念だと思っている自分に気づく。
 
「出勤は何時ですか?」

「家を出るのは八時前くらいです」

「作りに来ましょうか?」

「え?」

「いえ、私は休日なので、こちらまで来るのはまったく問題ないですよ?」

「さすがに、そんな訳には――」

「大丈夫ですよ。七時で良いですか?」

「いえでも」

「うーん。今日作っちゃうと美味しくないだろうしなぁ。ご飯炊いておくので、明日の朝、ご自分で作ります?」

 ――それは無理だ。
 いやさすがにこの鍋とうどんの残りにご飯を入れて卵を溶き入れるくらいはできる。
 ただ、面倒なんだ。美味しいのは分かってるけど自分で作るまでではない。

 ああ、食べたかったなぁ。
 美味しかっただろうなぁ。
 と、つい恨めしい顔で大きな土鍋を見てしまう。

「やっぱり来ますよ。どうせ暇してるんです。ご遠慮なく」

「いえ、そんな」

「食べたくないですか? お鍋の残りで〆雑炊」

 牧村さんはにこりと笑った。
 ほんっとうに、この人、どうしてこうも私の弱点を突いてくるかな……。

「……食べたいです」

 結局、迷ったのはたった数秒で、私は食べたいと答えてしまった。



「それじゃあ、また明日。今日は早く寝てくださいね。病み上がりですし、無理は禁物ですよ?」

 帰り際、玄関先で牧村さんが言う。

「はい。幾らでも寝られそうなんで、お風呂入ったらもう寝ます。後、明日、すみません。えーっと、楽しみにしてます」

 謝るのも変だなと思ってそう付け加えると、牧村さんはまた満面の笑みを浮かべてくれた。
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