若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「あの、ですね。本当に一目惚れなんです。インスピレーションって言うんですか? 昨日、出合頭にぶつかって、私を見上げた響子さんと目が合った瞬間に、この人だ!と」

 響子さんはやっぱり怪訝そうな顔をする。
 でも本当だ。昨日一晩寝ても変わらなかった。今朝、改めて響子さんの顔を見ても、やっぱりキラキラ輝いて見える。
 この人だこの人だこの人だ、という思いが止めどなく溢れ出てくる。

「いきなり結婚が無理なら、お付き合いからでも!」

 結婚を前提としないお付き合いでも、付き合えないよりマシだ。もちろん、付き合ってもらえたら、何どんなことをしてでも結婚しても良いかなという気持ちにさせてみせる!という意気込みはある。 
 だけど、響子さんは更にハードルを下げようとする。

「お友だちからじゃないんですね」

「そこは譲れません」

 お友だちからスタートしてお友だちの地位に甘んじている間に、僕というイレギュラーな存在に気づいた響子さんに気がある職場の同僚とか、患者さんとかに猛烈アタックを受けて持って行かれてしまう可能性だってある。それだけは避けたい。婚約者(=結婚を前提としたお付き合い)じゃないとしても、少なくとも、彼氏、恋人という称号は勝ち取っておきたい。

「……ダメですか?」

 少し弱気な表情を作って、響子さんの顔を覗き込んだ。
 少々姑息だけど、人の良い響子さん、これで「うん」か「はい」と答えてくれないかな?

「えっとですね、私、全く恋愛向きじゃないですよ」

 少しの間の後、響子さんはそんな風に切り出した。

「大丈夫です!」

 どういうのが『恋愛向き』なのか分からないけど、多分、僕は恋愛を求めている訳じゃないと思う。
 僕にとっての響子さんはマイベターハーフ、魂の片割れ、そういう感じ。何をして欲しいとか、どんな風な存在でいて欲しいとか、そういうのではなく、ただ、そこに在るだけで心が満たされる、多分、僕にとって響子さんはそういう存在なのだと思う。
 ずっと追い求めてきた、そんなの幻想で、いないのかもと思った日もあった自分だけの相手。
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