若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
10.
 さて、作る物は、病み上がりでも問題なく食べられそうで身体も温まる鍋と決めた。必要な物は全て持ってきてもらえるように頼んだし、後は到着を待つだけだ。
 寝入ってしまった響子さんをうっとり眺めながら、この先のことを考える。

 ひとまず今日は胃袋をつかむ作戦でいこう。
 響子さんは普段から多忙で過労気味のようだし、身体に優しい栄養満点の手料理を食べさせるところからスタートでどうだろう? 後は追々、掃除や洗濯なんかの家事にも手を出していきたい。普段は僕だって自分ではやらない。でも、ヘルパーさんを使ったんじゃ意味がない。そんなの、響子さんだって簡単に雇えるんだから。
 そうじゃなくて、僕が自分で手を動かすことに意味がある。そうすれば、きっと、結婚した後の生活をイメージしやすいんじゃないかな?

 僕は君の邪魔をしない。
 ただ、君の隣で一緒に人生を歩いて行きたい、それだけだ。




 三十分ほど後、お手伝いさんが用意した食材や鍋、食器類を一山、真鍋さんが運んできてくれた。
 電話をもらい、響子さんを起こさないように、そっと部屋を出て取りに行く。

「お待たせしました。これで足りているか確認お願いします」

「すみません。お休みの日に」

「いえいえ、全然平気ですよ。大切な用事ですもんね?」

 真鍋さんはニコニコ笑いながら、トランクに詰め込まれた荷物を一つずつ説明してくれる。

「完璧です。ありがとうございました」

 そう言うと、

「足りない物はないですか? なんか他にも欲しかったら買い出してきますよ」

 と聞かれる。

「大丈夫です。お鍋なので、これだけあれば問題ないかと」

「じゃあ、玄関先まで一緒に運びますね」

「良いんですか?」

「もちろん」

 僕が土鍋とガスコンロ。真鍋さんが食材と食器の入った袋。
 祖父の時代から運転手さんとして働いてくれている真鍋さんは、若々しいけど、もう六十を超えている。重い物は僕が持つ。

「若園様の具合はいかがですか?」

「熱はほぼ下がって、朝ご飯を食べた後、また寝てます。疲れているんでしょうね、ぐっすりですよ」

「お医者様は激務ですからね」

「本当に。祖父も忙しく世界中を飛び回ってましたが、それより父の方がずっと忙しそうでしたもんね」

「旦那様は長く現場に立たれてましたからね」

 部屋の前に着くと、真鍋さんがドアを開けてくれた。

「ちょっと待ってくださいね」

 そう言って、先に中に入って玄関先に土鍋とコンロの入った箱を置く。

「本当に朝からありがとうございました」

 真鍋さんから荷物を受け取り、お礼を言うと、真鍋さんはグッと手を握り持ち上げてみせる。

「社長、ファイトです」

「ありがとう。頑張ります」

 同じように僕も拳を握り持ち上げて見せた。



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