若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 なるべく物音を立てないように、土鍋をガスコンロに置き、まな板を出して調理をスタートさせる。まだ、十時過ぎだ。慌てなくても大丈夫。
 そんなわけで、昆布だしを取るところから始める。胃袋をつかむのなら、だしは大事だろう。と言うか、僕自身が化学調味料が苦手なので、だしは外せない。

 うちは母が専業主婦でお手伝いさんもいる。元々祖父がかなりの美食家だったのもあって、昔から手の込んだ料理が出されていた。つまり、僕は口が肥えていた。
 そして、いざ一人暮らしとなった時、最初、かなり困った。
 毎日外食では飽きるし明らかにカロリーオーバー。だからといって、買ってきた惣菜は美味しくないし、気に入った店でも続けば飽きるし、何より店の物は味が濃かった。仕方なく、健康維持のためもあり自然と自炊をするようになった。
 最初はヘタクソだった料理も、美味しくないものは食べたくなくて工夫している内に、気がついたら、それなりに腕も上がっていた。

 今日は誰でも作れそうな鍋料理だけど、これから、響子さんには色んなものを食べさせたい。和食は一通り作れるし、洋食もそれなりに作れる。何より、レシピがあって食べたことがあればほとんどのものは作れると思う。
 僕ができる男だというのを響子さんに見せていかなきゃいけない。
 キーワードは仕事ではなく、料理と家事。仕事面では響子さんは紛れもないプロフェッショナルだから、幾ら僕が一部上場企業の社長なんてものをやっていたとしても、多分、専門知識や専門技術ではまったく叶わない。そこで、勝負しようとも思わない。

 必要なければ料理などしないけど、響子さんのためなら幾らでも頑張れる。そんな自分を、ちょっとすごいなと思った。
 いや、すごいのは、僕をそんな気持ちにさせる響子さんか。



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