若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「え? これ、牧村さんちの鍋ですか?」

「はい。古いもので申し訳ないです」

 傷んではいないけど、それなりに使い込まれた鍋。
 ……やっぱり、新しい物を買ってきてもらった方が良かったかな?

「いえ全然問題ないです」

 だけど、響子さんはまったく気にするそぶりを見せなかった。
 そして、今度はカセットコンロやとんすいを指さした。

「もしかして、これも?」

「はい。あれこれ一式」

 そう言いながら土鍋の蓋を開けると、響子さんの顔がふわーっと笑顔になった。

「美味しそう」

「響子さん、病み上がりなので、味に癖のない水炊きにしておきました」

「水炊き……懐かしい」

「良かった。寄せ鍋と悩んだんです。味付けはポン酢で大丈夫ですか?」

「はい」

 他愛ない会話を楽しみながら、鍋の具をとんすいに取り分ける。
 嬉しそうな様子からして、どうやら今日の具材に好き嫌いはなさそうなので、遠慮なく全ての具材を彩りよくバランス良くつけていく。

「はい、どうぞ」

「……あ、鶏肉だ」

「はい。悩んだんですが、今日はサッパリと鶏肉にしました。何か好きな具はありますか?」

 次の機会の参考までに聞いてみると、響子さんは、

「つみれ」

 と迷うことなく即答した。

「良いですね! 魚は無理ですが、鶏肉で良ければ今作りますよ」

 幸い、つみれくらいならすぐに作れる。
 鶏肉は少し余分に用意してあるし、何なら、鍋に入れようと切っておいてある分も使ってしまえば良い。
< 63 / 192 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop