若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 途中で寄ったのは、食料品専門のディスカウントスーパー。
 大企業の社長なんてデパートでしか買い物しそうにない肩書きがあまりに釣り合わない。ついでに顔面偏差値的にも釣り合ってない。もっと小洒落た店に行きそうな顔なのに。
 狙いはギャップ? でも、そんな打算が働いているようにも感じられない。不思議な人だ。

「実は昨日の朝、この店で買い出ししていったんですよ」

「え、そうなんですか?」

「朝、早くから開いてるのが、この辺りではここだけで。結構、品揃えも良かったですよ」

 駐車場に車が止まると、また助手席側に回ってドアを開けてくれようとしていたらしい牧村さんを尻目に、自分でさっさと下りてしまう。だけど、牧村さんはそんな私をとがめることもなく待ってくれる。
 いい人なんだよな、本当に。何かにつけてそつがない。

「ところで、響子さんは何が食べたいですか? と言っても、あんまり難しいものは無理ですが」

「あ、多分大丈夫です。普通に、家庭料理が食べたいです」

「家庭料理、ですか」

「はい。えーと、うち、私が二十歳の時に両親ともに事故で亡くなりまして、それ以来、家庭料理ってほぼ食べたことないんで。お味噌汁とご飯とおかずとか、そういう感じが良いです」

「ご両親が二十歳の時に……それは大変でしたね」

 牧村さん、ちょっと言葉に詰まった後、真顔でそう言った。

「そうですね。大変でしたよ。でももう九年も前の話です」

 祖父母も亡くなっていたし、両親は一人っ子で近い親戚はいなかったし。両親の会社の人たちが親身になって助けてくれて、山ほどある色んな手続きは何とか自分で終わらせた。
 高校生まで両親と住んでいた実家は、どうしても処分できず今でもそのまま置いてある。 

「分かりました。じゃあ、今日は家庭料理を作りますね」

 牧村さんはそれ以上は聞かず、包み込むような優しい笑顔を見せてくれた。


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