若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「お待たせしました」

 炊きたてのご飯、具だくさんの豚汁、ほうれん草の白和え、そしてブリの照り焼き。
 並べられた夕飯から立ち上る匂いに、顔が緩みまくっているのを感じた。視覚と嗅覚の両方からやられる。

「美味しそう!」

「美味しいと良いんですが」

 これで美味しくないとかありえないでしょう!

「食べて良いですか?」

「もちろんです」

「いただきます!」

 まずは豚汁を一口。美味しい。身体に染み渡る美味しさだわ、これ。
 それからほうれん草の白和え。あ、これも美味しい。ほうれん草に豆腐とか、身体にいいこと間違いなしだし。
 それから真打ちのブリ照りと炊きたてご飯。箸を入れると弾力がありながらもスッと切れるブリ照り。ご飯と一緒に口に入れると甘辛い味が口の中にブワッと広がる。……ダメだ。最高。美味しすぎる!
 視覚、嗅覚に加えて、当然のように味覚をやられる。
 こんなものをこの部屋で食べられるなんて……。

 あまりの美味しさに脱力しつつ、ふと隣を見ると、牧村さんと視線がぶつかる。目が合うと、にこっと笑いかけられた。

「美味しいです! 最高です!」

 思わず意気込んで言うと、

「それは良かった」

 と満面の笑顔が返ってくる。
 どこかに違和感を感じてテーブルの上に視線を移すと、牧村さんの前に置かれたお皿があり得ないくらいちぐはぐだった。
 カレー皿にブリの照り焼き、その隣にご飯と白和え。マグカップに豚汁。……ちょっと微妙なカフェメニュー?
 そうか。食器が一人分しかないから。
 純和風の食事とまったく合わない食器に思わず笑いが込み上げてきた。私と同じ物を食べているはずなのに、まるで違う物に見えるのが笑える。

「どうかしました?」

「いえ、その食器……すみません、うちにろくなものがなかったから」

 笑ったら失礼だろうと思うのに、笑いが止まらない。
 クスクス笑いながら、牧村さんの前にある食器を指さすと、

「ああ。すみません。雰囲気ぶち壊しですね」

 牧村さんも面白そうにクスクス笑った。

「でも大丈夫ですよ。味に変わりはありません」

「……ですか?」

「はい」

 見た目も味を左右するとは思う。
 だけど今は、極上の見た目のくせして、些末なことにこだわらない大らかな牧村さんの資質を、ただ、いいな、と思った。



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