若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 手を差し出すと、響子さんはお弁当の入ったトートバッグを渡してくれた。うん。軽くなってる。ちゃんと食べてくれたみたいだ。と言うことが分かったにもかかわらず、敢えて、

「食べられました?」

 と聞いてみる。
 何のために? もちろん、牽制のためだ。響子さんと僕は手作り弁当を渡す仲なのだと、響子さんの隣の男に知らしめなくてはならないのだ。

「はい。ものすごく美味しかったです!」

 お弁当を思い出したのか、響子さんの表情が急に明るくなった。
 ああ、なんて可愛いんだ。
 そして、僕の思惑通り、隣の男はショックを受けたような表情を隠すこともできず、響子さんを横目に見ていた。良かった。ちゃんと牽制になっている。

 しかも、響子さんはそこで隣を見上げたと思うと、

「じゃ、また明日」

 と軽く手を上げ、男性に別れを告げる。
 よしっ。僕は密かにグッと右手を握りしめた。

 響子さんは僕と並んで歩き出す。
 そう。あなたのいる場所はあの男の隣じゃなく、僕の隣ですよ。
 響子さんがそのまま駅に向かう敷地外への道を歩いて行こうとするので、そっと腕に触れて駐車場の方向を指さした。

「車、第一駐車場に置いてきたんで」

「あれ? 車なんですか?」

「はい。今日は自分の車ですけど、安全運転しますね」

 笑いかけると、響子さんも笑い返してくれた。なんて可愛いんだろう。
 二人で並んで歩いていると、タッタッタッと足音がして、ついさっき別れたばかりの男性が駆け寄ってきた。

「響子先生!」

「はい」

「えっと! 来週の予定は!?」

「は?」

「今日は無理って言ってましたが来週ならどうかなと!」

 ちょっと待て! この男、片想い中なだけじゃなく、既にアプローチ中か!
 しかも、今日の夜も響子さんに声をかけていたと!?
 いや、仕方ない。何しろ響子さんはとてつもなく魅力的なんだ。美人なのに気取らず、スラリとした長身でスタイルだって良い。その上、大学病院勤務のお医者さんだ。……モテないわけがない。
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