若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
 その後、食料品スーパーに寄り、一緒に買い物をすることになった。
 他の何で押すより、響子さんは手料理で押すのが良い気がして、せっせと餌付けに走る。

 過去付き合った相手やアプローチしてきた相手の、どこやらのカフェメニューが美味しいらしいとか、なんとかホテルに新しく入った割烹料理を食べてみたいだの、そういうのとの違いが際立つ。
 だけど、流行の何かとか僕の出自とか財力とかには興味すら示そうとしない響子さんが愛しかった。なんだかんだ言っても、僕の料理はプロにはまったく適わない。だけど、響子さんは手料理にこそ笑顔を見せてくれる。であれば、料理の腕を磨かない手はないだろう。

 だけど、その後、響子さんが手料理に喜ぶ理由を知り、僕はなんて浅はかだったのだと肝が冷えた。
 車の中で響子さんに好き嫌いがないのを聞き、スーパー到着後、じゃあ今日は何が食べたいかをヒアリングしている時、家庭料理が食べたいと言った響子さんの口から続けて思いもかけない言葉が飛び出したのだ。

「私が二十歳の時に両親ともに事故で亡くなりまして、それ以来、家庭料理ってほぼ食べたことないんで。お味噌汁とご飯とおかずとか、そういう感じが良いです」

 一瞬言葉を失う。

「ご両親が二十歳の時に……それは大変でしたね」

 まるで大学生が住むような小さなアパートに一人で住む響子さん。そこに響子さん以外の人の気配はまったくなかった。普通、就職の時など、親があれこれ世話を焼いてくれるものだろう。そんなサポートが一切なければ、忙しい毎日の中で引っ越しなど考えもしないのかも知れない。

 身体を壊して倒れるまで医者という激務をこなしながらも、誰かに頼ろうとせず、偶然居合わせた僕のような得体の知れない人間に頼ってくれた。それは、ただ、本当に響子さんの側に誰もいなかったということか?
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