若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「そうですね。大変でしたよ。でももう九年も前の話です」
そう。今も大変だろうけど、ご両親が亡くなった頃の響子さんはようやく成人したばかりの大学生。本当に大変だったのだろう。
両親を亡くされた後、家庭料理を食べたことがないというのだから、頼れる祖父母や親戚などもいなかったということか?
響子さん、ごめん。もっと早く響子さんを見つけなきゃダメだった。こんなに近くに住んでいたのに。車でたった三十分の距離だったのに。
九年前なら僕はもう二十六歳の大人だった。ああでもダメだ。その頃は海外駐在中だった。無力感に脱力しそうになる。けど、そうじゃない。大切なのは今この瞬間だ。
「分かりました。じゃあ、今日は家庭料理を作りますね」
ずっと食べられなかったという家庭料理、精一杯作らせてもらいます。
スーパーに入り、一緒に食材を見ながらカートに乗せたかごに入れていく。
面倒くさがり屋の響子さんでも、鍋を温めるくらいはできるだろうと、具だくさんの豚汁を多めに作っておくことにする。根菜は身体を温めてくれるし豚肉も身体に良い食材だ。
「魚とお肉ならどっちが良いですか?」
「えーっと、普段なかなか食べられないので魚がいいです」
「了解です」
野菜コーナーを抜けて一緒にお魚コーナーに行くと、響子さんは、
「あ、ブリだ」
と、たくさんある魚の中からブリの切り身を見つけて嬉しそうに手に取った。
「ブリと言えば照り焼きですか?」
「はい。小さい頃、好きだったんですよね〜。あの頃は魚より肉でしたが、ブリ照りは別っていうか」
「分かります分かります。美味しいですよね。じゃあ、メインはブリ照りにしましょうか?」
「はい! ぜひ!」
手に持ったブリの切り身をうっとり見つめる響子さんは本当に可愛かった。