若社長は面倒くさがりやの彼女に恋をする
「お待たせしました」

 シンク下の物入れの隅に忘れられたように埃をかぶった木製のお盆を見つけた。ので、綺麗に洗って拭いたお盆に、炊きたてのご飯、具だくさんの豚汁、ほうれん草の白和え、そしてブリの照り焼きを乗せて運ぶ。
 この家には一人分の食器しかないから、響子さんの分はお茶碗、汁椀、小鉢、平皿で。僕の分は丸い深みのあるカレー皿とマグカップを拝借。うん。次は食器も持ってこよう。
 順番にテーブルに並べると、響子さんの視線は料理に釘付けになりとろけそうに表情を緩めた。

「美味しそう!」

「美味しいと良いんですが」

 そう言いながら、自分の分もテーブルに並べ、斜めの位置に陣取った。

「食べて良いですか?」

「もちろんです」

 そう答えながら、僕は少しばかりドキドキしていた。
 味見はしたし不味くはないと思うけど、口に合うかは別問題。自分で味付けの仕上げをする水炊きや鍋の残りで作ったうどんや雑炊とは違って、家庭料理は人それぞれに好みがある。

「いただきます!」

 響子さんは最初に豚汁を一口飲み、ふわりと微笑んで吐息をもらした。良かった。口に合ったらしい。
 次にほうれん草の白和えに箸をつけると、もぐもぐかみしめながら頬に手を当てた。うん。大丈夫。これも好きな味のようだ。
 最後に、しばらくうっとり見つめた後でお茶碗を左手に持ち、ブリの照り焼きに箸を入れる。ご飯の上にブリを乗せて一緒に口に入れ、かみしめるように味わってくれる。目を閉じて幸せそうに表情を緩めまくる響子さん。
 よし。合格だ。僕は右手をグッと握りしめた。
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