高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


私と後藤の仲を疑いながらも、陰で動いてくれていたのか。
ああ、でも、部長に絡まれた直後、よく水出さんと目があっていたけれど、あれって私を睨んでいたりしたわけではなく、部長を監視していたのかもしれないと思い納得がいく。

「それにしても高坂さん、他に好きな人がいたのね。しかも、サバサバして見えるのに、案外色々悩まされてるのね。意外だったわ」
「ああ……はい。私も、単純で前向きだと思ってたんですけど……なんか、違ったみたいで驚いてます。相当ナイーブというか、こじらせていたみたいで」

たった一度のトラウマのせいで、自分では気付かないほどの奥底で二度と恋で傷つきたくないとガードしていた。
そのことに、今回初めて気付いてびっくりした。

色々考えたせいか熱があがり使い物にならなくなった私の代わりに、水出さんが一番近い病院を探し、ルート案内を出してくれたのだった。



電車をおりると、九月半ばだというのに残暑どころか夏本番といった方がしっくりくる気温が私を迎え入れた。

手すりを頼りになんとか階段を降り帰路につく。
十八時。空はうっすらと夜の色に変化していた。

三十八度四分の熱を帯びた体では、帰宅するだけでも困難なのだと初めて知る。
難しいダンジョンにでも入り込んだ気分だ。

やたらと重たく思考回路の鈍った、まるで呪いでもかけられたような体ではマンションまでたどり着ける気がしない。


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