高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


でも、病院を受診して薬をもらうというミッションはクリアしたし、それに私にはお守りもある。だから、大丈夫だ。

上条さんにもらってからずっと肌身離さず持ち歩いているお守りは、今はバッグの内ポケットの中にあった。

重力のバグっている体でのろのろと歩きながら、上条さんとのことを整理する。

わかっているのは、上条さんが今日桃ちゃんと会っているということと、上条さんが私を好きだって言ったこと。

矛盾しているように感じるふたつの事実に、大学の頃の戸川との一件が頭をよぎる。

信じたらまた傷つくかもしれないと、過去の自分が警告する。

でも……上条さんが嘘をつかない人だって、私は知っている。優しい人だって、知ってる。

『もしも今後おまえが傷つくにしても、それはあいつじゃなくて俺のせいだ。この先、おまえに触れるのも傷つけるのも、誰でもない、俺だ。覚えておけ』

『おまえは、怖がらずただ俺に愛されていればいい』

告げられた言葉を、触れた熱を、信じたいと思う。
ううん、もうとっくに信じているんだと思う。

それでも踏み出すのが怖いのは、上条さんをきちんと好きだからだ。

だったら──。
怖いのは悪いことじゃない。


< 167 / 213 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop