高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


あの日、帰宅したあと携帯に登録した上条さんの電話番号を呼び出す。
それから、後藤に押された気持ちが消えないうちにと思い、勇気を出して通話ボタンを押した。

呼び出し音よりも私の心臓の音の方が大きくて、驚く。はしゃぎすぎだと止めたくなるくらいに大きく跳ねている。

少し落ち着かないと、このままじゃ会話が成り立たないと思い、瞼をとじてゆっくりと深呼吸を繰り返した。

細かい星が浮かぶ夜空。
お店の前の通りは、休日だというのにやっぱりスーツ姿が多かった。ここが駅から近いからだろうか。

やっぱり、出ないかな。

すごそうな会社の社長だって話だし、知らない番号からの着信なんて出ないのかもしれない。
三度目のコール音が終わり、諦めかけたときだった。

『――はい』

上条さんの声が聞こえ、びっくりする。

「え」
『高坂だろ? 緑川から番号は聞いてる』

電話越しの声に、落ち着き始めていた鼓動がトクトクと加速する。

緑川さんにはたしかに、上条さんに渡してくださいと電話番号を渡した。
でも、緑川さんが私をよく思っていないのは明らかだったから、そのまま破棄されちゃうかなとも正直思っていた。

失礼ながら緑川さんはそういう非道なことを平気でしそうだし半ば諦めていただけに、私の電話番号が上条さんに渡っていたのは意外だった。


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