高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
『どうした?』と聞かれ、ハッとする。
「あ、すみません。電話に出てくれるとは思わなかったので」
『出るつもりがなければ番号は教えない。それで、用件は?』
「えっと、上条さんの都合のいいときで構わないので、会えたらなって……思って」
ドキドキしながらもしっかりと伝える。
こんな言い方は遠回しに好意があると言っているようなものだし、ここで断られたら振られたも同然だ。
体の関係があった上で振られるのは、なかなかしんどいものがある。
何年も男性に体を開けなかった私は余計にだ。
だから、緊張して返事を待っていたのに。
『俺に用事か?』
返ってきた言葉に拍子抜けする。
仮にも一晩一緒に過ごしたわけだし、〝会いたい〟イコール〝用事〟なんて、まさかそんな事務的に捉えられるとは思わなかった。
もしかしたら、あの電話番号に深い意味なんてなかったのかもしれない、と一抹の不安がよぎるけれど、意を決して口を開いた。
「そうじゃなくて……ただ、会いたいんです。上条さんに」
『用事もないのに?』
「え、あの、だから、また会って話したいってことです。デートしたいんですっ。上条さんと!」
ここは居酒屋の前の路地で、駅が近いため人通りもある。
そんな場所で声を張り上げた私に、通行人のチラチラとした視線が刺さる。
ハッとしてうつむき、隠れるように背中を向け店舗の外壁と向き合うと、電話の向こうから『ははっ』とおかしそうな笑い声が聞こえた。