高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
『おまえ、今、外だろ? そんな大声出したら変な目で見られるから気を付けた方がいい』
「もう見られましたし、なんなら今も見られてます。でも、だって、上条さんがあまりにわかってくれないから……って、もしかしてからかいました?」
『さぁ』
バーでの意地悪な笑みが浮かぶような声に、ムッとしながらも胸がキュンと鳴いていた。
またひとつ〝いいな〟が増えてしまった。
それでも、困らせるのは嫌なので「でも、迷惑なら全然……」と言いかけたところで、上条さんが『ちょっと待ってろ』と言う。
続いて聞こえてきたのは、私に対してではない声だった。
『緑川。今週の夜、時間がとれる日あるか?』
〝緑川〟という名前に、反射的に背筋がピッと伸びる。
あの怖い秘書と一緒だったのか……と、これまでとは違うドキドキを感じながら待っていると、会話を終えた上条さんが電話口で言う。
『土曜の夜十九時。場所はメッセージで入れる。メッセージアプリ、番号で検索かけられるようにしておけ。電話切ったら俺から申請する』
「あ……わ、わかりました」
あっさり決まった約束に拍子抜けしながらもなんとか返事をして電話を切って、すぐにメッセージアプリを起動する。
そして、番号検索をオンにして十秒ほど眺めていると、言われた通り上条さんから申請が届いたので、許可をして、また番号検索をオフにする。
それから、友達欄に登録されている見慣れないアイコンと上条さんの名前をしばらく眺めて、目をしばたたいた。