高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


「ああいうのが好きなのか?」

歩きながら意外そうに聞かれる。

「好き……なんですかね?」

考えたこともなかったので、首を捻ってから続ける。

「プロの生演奏に触れる機会がなかったですし、今しか聞けないと思ったら足がなかなか進まなくて。あ、でも、高校だとか大学の定期演奏会は好きで、毎回見に行ってました。演奏はもちろんすごかったし感動しましたけど、衣装を揃えていたりお客さんに向けてサプライズ演出があったり、すごく楽しかった覚えがあります」

思い出して笑顔になった私を見た上条さんは「ふぅん」と目を細める。

そういえば、バーでもこんなふうに私のなんでもない話を聞いてくれていた。だからそれが嬉しくてついついお酒が進んだのだ。

外見がよくて仕事もできるのに、女性の話を退屈そうな顔ひとつしないで聞けるのだから、それは当然モテるだろう。
そう考え、女性を追い払う役目の緑川さんの苦労が少しわかった気がした。

「上条さんは、クラシックとか好きなんですか?」
「嫌いじゃない。小学校の頃からピアノだとかバイオリンは習わされていたし、高校の頃は部活でドラムを叩たりギターを弾いたりもしていたくらいだ」
「え、見たかったです! って、そんなにたくさんの楽器を奏でられるんですか? ひとりでバンドできちゃいそうですね」

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