高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―


驚いた私に、上条さんが笑うので、その顔に胸が甘い音を立てていた。

階段を上がりきった彼に続き三階のデッキに出ると、穏やかな風が頬を撫でた。
潮の香りがする風に、うしろでひとつにまとめている髪が揺れる。

目の前に広がった景色に誘われるまま一歩また一歩と足を進め……白い手すりに手が届く距離まで近づく。
そこでようやく息がつけた。

港から見るこのクルーザーもとても綺麗だったけれど、クルーザーから見る街の様子はそれ以上だった。

夜の気配を感じさせる、紫色と薄いオレンジ色の混ざり合った空。その下でキラキラとした街の明かりが輝いている。

デッキから眺めているという初めての状況もあり、目に映るものすべてが新鮮で鼓動がワクワク弾んでいた。

「こんなに綺麗な景色見たの、初めてかもしれません」

思わずそう漏らした私に、上条さんが「おおげさだな」と笑うので、口を尖らせた。

「私にとってはクルーザーに乗ることも、デッキから夜景を眺めることも初めてですし、おおげさじゃなく、すごく綺麗に見えるんです。たぶん、上条さんの目よりも三倍くらいキラキラして見えてます」

上条さんは慣れているのかもしれないですけど、と続けそうになった声をすんでのところで飲み込む。

嫌味に聞こえるのも、探っているように捉えられるのも嫌だったからだけど……。


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