高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
「俺も慣れてるわけじゃない。クルーザーなんて、数年前仕事関係の会食で使った以来だし、プライベートで乗ったのは数回だけだ。だから、こんな風に落ち着いて景色を眺めたことはなかった」
上条さんがあまりにタイミングよく言うので、飲み込んだはずの声がうっかり漏れていたかと思った。
上条さんは私なんてどうでもいいだろうに、こうして自身のことを隠さず話してくれる。そんな部分にも惹かれている自分に気付いた。
上条さんの黒髪を、風がサラサラと揺らす。
こんな綺麗な空や豪華なデッキをバックにしても、負けないくらいに魅力的な上条さんをじっと見つめながら……意を決して口を開く。
「慣れてるわけじゃないのに、どうしてこんなすごい場所に連れてきてくれたんですか?」
不思議だった。
もしも私が〝デートしたい〟と頼まれた側だったら、相手に好意がないのにコースを考えるのは面倒だし、きっとそこそこ行き慣れた場所を選ぶ。
慣れていない場所は気を遣うし、間違っても、数度しか経験のない場所は行かない。しかも、こんなクルージングなんて大舞台は選ばない。
私が見る限り、上条さんも決してアクティブに色々な場所に出向いて楽しむタイプには思えなかったので、どうしてこんな素敵な場所に連れてきてくれたんだろうと、その理由を考えると不思議で……そして、怖かった。
じっと見つめる私に、上条さんは片眉を上げる。