高嶺の社長と恋の真似事―甘い一夜だけでは満たされない―
金曜日、十八時過ぎに仕事を終え電話を入れると、上条さんは私の最寄り駅まで本当に車で迎えにきてくれた。
白のステーションワゴンのフロントグリル中央で主張するエンブレムは私でも知っているくらい有名な高級車メーカーのもので、助手席に乗り込む際、バッグやヒールが車体にぶつからないよう細心の注意を払った。
そして、色々なお店が入った商業ビルに車を止めた上条さんが向かったのはCDも取り扱っているような大きな書店。
そこで一冊の本を買ったあと、ビル近くにあるカフェに立ち寄った。
黒と白を基調とした店内にはウォールナット材の木製テーブルと椅子が並んでいて、オレンジ色のダウンライトが照らしている。
ゆっくりとしたジャズのBGMが心地いい。
私たちの入店に気付いたスタッフが何も言わずペコッと頭を下げるので、不思議に思いながら会釈を返す。知り合いではないよね、と記憶を探ったけれど、該当はなかった。
「素敵な雰囲気のお店ですね」
「ああ。以前話した、俺の店のひとつだ」
「え……っ」
さらっととんでもないことを言われ、驚いてからじっくりと店内を見回す。
たしかに以前プレオープンに招待してくれたとき、他にもお店を持っているようなことは言っていたけれど……ここもそうなのか。
オーナーの上条さん相手だから、スタッフは〝いらっしゃいませ〟ではなく頭を下げたのかと納得がいく。