石像は凍える乙女を離さない~石にされた英雄は不遇な令嬢に愛を囁く~
「トレシー様がこんなに雪をかぶって大変だわ」
手袋を外し、ルルティアナは石像に積もった雪を払う。随分長く放置されていた石像らしく、あちこち汚れている。
しかし不思議な事に素材である石その物は風化した様子はなく、雪と共に剥がれた汚れの下はつるりとしたすべりの良い質感であった。
よく目にする巨大な石像とは違い、ほぼ等身大のそれは本当に精巧な作りで、こんな山の中にぽつんと飾られているのが不思議なくらいだった。
「本当なら磨いて差し上げたいんだけど……今日はお顔だけで許してくださいね」
雪を払いながら体温で解けた雪でコケと泥にくすんだ石造の顔を磨く。
すぐに汚れは流れ落ち、美しい英雄の顔が姿を見せた。
「ああよかった。やっぱりトレシー様は素敵だわ」
本当によくできた石造で、街でよく見かける彼の姿絵に瓜二つの造形だった。
整った顔立ち。見上げるほどの長身と鍛えられた身体。薄く開いた瞼の中にある瞳は黒曜石のように美しいと聞いている。
ほっと微笑んだルルティアナは、流石に疲れたと石像の足元に座り込み、冷たく冷えた足にもたれかかるようにして身体を預けた。
「……ねぇ、トレシー様、お話を聞いてくださる?」
周りに誰もいない事や、相手が石造であるという気安さから、ルルティアナは自分がここに何をしに来たかを語った。
自分を顧みない父親、意地悪な義母、我儘で身勝手な異母妹。何もかもが悲しくて辛いと語るルルティアナの瞳には涙が滲む。
これまで誰にも打ち明けられなかった胸の内を話せたことでつかえが取れたのか、さっきまでは寒くてたまらなかった身体が少し楽になって気がした。