明日が終わる、その時まで【完】
「柴田の永久歯は、お母さんにとって柴田が元気に育ってくれた証だったんじゃないかな」
「……だからって……だからって……っ……」
「だから、自分が落ちそうなことも忘れて追いかけたんだよ」
お母さんが優しい笑みを浮かべて見ていたものは、柴田の乳歯だった。
乳歯が入ったコルク瓶を空に掲げて、嬉しそうに眺めていたお母さんは、柴田の成長を心から喜んでいたのだ。
きっと、柴田と一緒に投げる日を楽しみにしていたのだろう。
柴田の成長を見届けることが、お母さんの生きる希望だったのだ。
「映像、見たでしょ? お母さんはちゃんと死への誘惑を断ち切れていた。柴田の存在があったから。柴田の存在が、お母さんの命を救ったんだよっ」
柴田は俯いて右手で顔を覆うと、また、肩を震わせた。
すると、柴田のお父さんがスラックスのポケットから何かを取り出した。
「……これ」
お父さんの手には、ジッパー付きの小さなポリバックに入った歯があった。
「えっ、あったんですかっ!?」
驚きのあまり思わず大きな声が出る。
「日本の鑑識は世界一だぞ。事件現場に落ちている髪の毛一本だって取り逃さない」
「すごい」
「当時は、まさかこれが薫の落としていたものだと思わなかった。マンションに住んでる子どもが投げたものかとも思ったからな。ほぼほぼ間違いないと思うが、書類上DNA鑑定する必要がある。大吾、いいな」
「……」
柴田が頷いて答えた。
その間も、私たちの足元には、いくつもの水滴がこぼれ落ちていた。