明日が終わる、その時まで【完】
「母さんは、弱かったんだ。社会で生きるには優しすぎたんだ」
息子である柴田がそう言うのなら、それが本当なのかもしれない。
でも柴田、これは受け売りなんだけどさ、
「〈お母さん〉ってさ、子どもを授かると強くなるんだって」
「……」
「だってさ、お腹の中に宿った命を守るために、自分の内臓や骨の形を変えて、何か月も守り抜くんだよ」
「……」
「生まれてからも、怪我をしないように、病気をしないように、事故に遭わないように……健やかに、自分の足でしっかりと前を向いて歩けるようになるまで、なっても、ずっと守り続けるんだよ」
「……」
「お母さんほど強い人、この世にいないって……私のパパが言ってた」
「……でも、俺の母親は」
「お母さんは、本当に弱い人だった? 柴田を置いて、あの世を選ぶような弱い人だった? もっと、ちゃんと思い出して。お母さんのこと一番わかってるの柴田でしょ」
混乱しているのか、柴田の瞬きの回数が極端に多くなる。
柴田お願い、ちゃんと思い出して。
幸せだった過去にまで鍵をかけてしまいこまないで。
私は、どうしても腑に落ちないのだ。
今の柴田の話を聞いて、お母さんが自殺するなんて……どうしたって信じることができないのだ。
「……繊細な人だった」
「えっ?」
「母さんは人の気持ちに敏感な繊細な人だった。親父も……母さんの親族もみんな、母さんは弱い人だったからって言ってたけど」
「うん」
「だけど……俺は、弱いなんて思ったことはない」
柴田はきっぱりと言い切った。
「一度、父親がすげー酔っぱらって帰ってきて、虫の居所が悪かったのか、俺に手を上げそうになったときがあってさ」
「うん」
「母さんは俺を抱きしめて……『この子に手を上げるなら私を殴ってからにしてください。でも、私は絶対にあなたを許しません』って、父親に啖呵切ったことがあったんだ」
「お母さん、めっちゃ強いじゃん」
「そのときは、俺もびびった。専業主婦だったし、普段は親父に対して意見言うような人じゃなかったからな」
繊細で、優しくて、旦那さんに対して意見を言わないような人が、自分の身を挺して啖呵切るなんて、弱い人ができる行動じゃない。
そのエピソードだけでも、どれほど柴田への愛情が深かったのかがわかる。
「ねえ、柴田」
私は、ますます信じられなかった。
柴田のお母さんが自殺したという事実が。
だから私は、柴田を呆れさせるような提案をしたのだ。