明日が終わる、その時まで【完】





「では、単刀直入にお聞きます。柴田(かおる)さんという女性がここに通っていましたよね」



私は真正面から切り込んだ。

この先生には嘘や偽りは通じないと思ったから。


「さあ、どうだったのう。もう年で、昔のことは記憶が曖昧(あいまい)なんじゃ」


ずっと黙っていた柴田の息がもれたのがわかった。


「先生。私、昔のことだなんて一言も言ってませんよ」


柴田も気づいたのだろう。

ここ、二、三年のことを〈昔〉とは言わない。

月日のことで〈昔〉が言葉として出るときは、たいてい10年近くか、それ以上前のことだ。


「……守秘義務がある」


先生は急に口を固く閉ざした。

間違いない。

柴田のお母さんが通っていたのはここのクリニックだったのだ。


だけど、先生のこの様子だと、お母さんのことを聞くことは難しいだろう。

私は作戦を変えることにした。


「先生、人が死を選ぶ時ってどんなときなんですか?」

唐突(とうとつ)じゃな」

「一般論でも、先生の考えでもいいので、教えてください」



先生は斜め上を見つめて、ゆっくりと口を開いた。



「わからん」

「先生っ!」



何を言うのかと期待していたのに、ずっこけそうになっちゃった。

柴田も隣でため息ついているし。

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