社長じゃない僕は、君のために何ができる? 〜社長、嫌いになってもいいですか?シリーズ 最終章〜
「どうして、そんなことを……」

言うんだ、と言う前に気づいた。
雨音は、髪の毛を切っていた。
前髪をばっさりと。後ろ髪はほんの少し。
いつ、雨音は髪の毛を切ったのか。
昨日?一昨日?もっと前か?
そんなことすら、僕は分からなかった。
雨音は、僕の視線から気づいたのだろう。

「1週間前ですよ、切ったの……」
「そ、そうか……」

1週間前。
僕は何をしていただろう。
雨音はどこで何をしていたのだろう。
分からない。
昨日、どんな仕事をしたのか。
どんな取引先と話をしたのか。
そんなことはすぐに蘇ってくるのに。
雨音の1週間が、僕の記憶の中にない。

ご飯はちゃんと食べたのか。
しっかり眠れたのか。
お風呂には入ったのか……。

「ねえ、社長……」

涙が滲んだ声で、雨音が僕に訴えてくる。

「私は……社長にとって何もできない子供なんですか?」
「そんなことない!」
「でも社長は、私に何も教えてくれない、何もさせてくれない」
「それは……君に、余計な心配をかけたくなかったから……」

君がインターンの時、僕は君にだらしないところを見せてしまっていた。
だけど、君との関係が変わった、
僕はそんな僕を君に見せることを許せないと考えた。男として。
だから、変わろうとした。
君に頼ってもらえる僕に、なりたかった。

「雨音に、僕と一緒にいて幸せだと思ってもらいたくて……」

色々考えて、やっと出てきた本音。
この想いに、嘘偽りはない。

「でも社長、私にとっての幸せは……こんな形じゃないんですよ」

雨音は、そう言うと、僕をそっと抱きしめてきた。
体温が、とても冷たくて、彼女の体が震えているのが伝わった。
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