恋人の木
楓の声が、武志の頭の中に優しく語りかけて来た。


『来るべきじゃなかった・・・。来ちゃいけなかった。でも・・・でもどうしても、もう一度、あなたに会いたかった。どうしても・・・。何も言わずに、黙って”帰る”つもりでした。会えただけで、十分幸せだから・・・。あなたが、こんなに思っていてくれたなんて・・・。』

『そんな・・・楓さん。やっと会えたのに・・・。僕はこの日を、どんなに夢見ていたか。君を忘れたことは、一日もない!ずっと・・・好きだった。卒業式の後で、そう言うつもりだったんだよ。』

彼女の手が、武志の頬を包む。

武志は、かすかに、それを感じた。

『ありがとう。武志さん。あなたのことをずっと、ずっと、愛しています。私は、あなたに逢えて、本当に幸せでした。どうか、あなたも、幸せになってください。』

『・・・待って・・・待って楓さん!!』


彼女の気配が遠ざかるのが分かった。

『僕は・・・愛してるんだ・・・ずっとずっと君のことを・・・どうして・・・』


『ありがとう。武志さん・・・さようなら・・・』

『楓さん!!』


・・・どんなに叫んでも、もうそこに、彼女はいなかった。



武志は、そのまま小さな桜の木の下で立ち尽くしていた。


どれぐらいの時間そうしていたのか、ふと、握り締めていたボタンを見る。

ボタンには、彼女の名前の代わりに、変わった形が記されていた。


(これ・・・は・・・っ!)

武志は、携帯を取り出し、カバーに忍ばせた花びらを取り出した。


それは、ボタンに記されたものと、同じ形をしていた。


急に、風が一つ吹いた。


手に持っていた花びらは、その風に乗って舞い上がり、咲き誇る「恋人の木」へと・・・帰って行った。


辺りには、何とも言えない、懐かしく、優しい香りが漂っていた。


『百年・・・か・・・』

武志はつぶやいた。




~恋人の木~ <完>
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