恋人の木
【2】恋人の木
東京郊外の静かな場所に、桜木中学校はあった。

名前が示す通り、校庭を取り囲む様に、大きな桜の木が並んでいる。

その一番奥に、一本だけ花の咲かない小さな桜があり、学校では専ら、怪談話のネタにされていた。

卒業式を明日に控えた教室では、最後のホームルームが開かれていた。

担任の藤原は58歳、文学を人に変えた様な人物であった。

しかし、真面目で、至って穏やかな性格は、生徒たちの人気を集めていた。

彼もまた、この春ここを去る事が決まっていたのである。


藤原が、静かに、生徒達との思い出を語り、期待と希望の言葉をかけて行く。

生徒達は、涙を流しながら、じっと聞いている。

武志もその一人であった。

武志は勉学優秀で、生徒会長も勤めており、女生徒にはモテモテの存在であった。

しかし、当の本人は結構ウブであり、もちろん好きなコはいたが、結局告げることはなく、卒業を迎えていたのである。

藤原は、一通り喋り終えると、黒板に向かって書き始めた。

「恋人の木」

「2010年3月21日」

『最後に一つ、みんなに私からお願いがある。』

生徒たちの顔が、興味深々に藤原を見つめる。

『君たちは、この校庭にある、咲かない桜を知っているね。今から、その話をしたいと思う。』


その桜は、ずいぶん古くからあり、色々な伝説があった。

藤原はそういった「言い伝え」の起源や由来を辿るのが趣味であり、生きがいであった。

また、彼はもともとこの地の出身であり、この学校へ赴任して来てから2年。

彼なりに、今まで調査をしてきたのである。
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