離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる
2.俺の妻
総合商社しづき株式会社営業二課所属。役職はなし。
これが俺、志筑瑛理だ。
一応この会社の社長の次男なので、御曹司という立場なのだが、親の考えから、俺も兄もいち社員として働いている。経験を積むためには大事だという親の気持ちはよくわかる。
五つ上の兄・誠は国外事業部一課の課長に昨年抜擢されているけれど、入社四年目の俺が役職につくのは数年先の見込み。それだって、俺の出来が悪ければいつまでも平社員のままだろう。
「志筑くん、ちょっといいかな」
「はい!」
課長に呼ばれ、俺はデスクに歩み寄る。定時過ぎだが、この調子だと残業指示といったところか。
「悪いんだけど、明日の会議資料を頼みたいんだ」
頼む時間はたくさんあったはずなのに、この時間に頼んでくるとは。しかし、課長は要領が悪いだけで悪意があるわけではない。さらに言えば、俺は頼まれることを見越して先輩からデータを預かり、すでに資料作成を始めている。
「明日の朝一番の会議ですね。承知しました。間に合うように作成します」
「本当に済まないね。助かるよ」
「課長が提言したいとおっしゃっていた販促の件についても補足資料を用意します」
「志筑くんは頼りになるなあ」
課長の感動した声に、俺は謙虚にはにかんだ微笑みを作って場を辞した。
デスクに戻ると外出から戻ってきた同期の矢成(やなり)が声をかける。
「志筑、おまえ安請け合いし過ぎだぞ。課長を甘やかすなよ」
「いいんだ。課長、今日は娘さんの誕生日らしいし、早く帰らせてあげたいだろ」
笑顔で答える俺は、つくづく要領のいいタイプだと思う。上司に好かれるのが得意、そもそもコミュニケーションが得意、仕事をそつなくこなすのも得意。謙虚に控えめに振舞うのも忘れない。御曹司だからこそ悪目立ちせずに協調第一。
はっきり言えば、生きるのに向いているタイプだと思う。