離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる
1.私の許嫁
日本橋にある古賀製薬株式会社、第五営業部管理課、ここが私の職場だ。
二十五歳の私は、大学卒業後に父の会社に入社して今年で四年目になる。
国内ではそれなりに大きな製薬会社である我が社において、私の部署は開発や生産ラインとの営業部門の取次や調整をしている。
まあまあ地味な部署だ。
「柊子さん、お疲れ様」
「今日はこれから、邦親(くにちか)さんのお迎えですか?」
オフィスの同僚たちに声をかけられ、私は頷いた。
「はい、これから家に戻って車を出します。羽田に19時なので」
今日は営業本部長である四歳年上の兄、邦親が帰国する日なのだ。私は迎えに行く約束をしていた。
「邦親さん、アジアをあちこち回っていたんでしょう? 忙しいなあ」
「この前、柊子さんのお式のあとすぐに立たれたんですよね」
兄は私と瑛理の結婚式の翌日にはタイやベトナム、シンガポールなどのアジア拠点の視察に出かけてしまった。今日は十日ぶりの帰国である。
「忙しいのが好きな人ですから。でも、家族は心配してますね。今日は母が腕によりをかけて食事を作ると言っていました」
私は笑顔で挨拶をし、職場を退勤した。
自社ビルから徒歩圏内の自宅は戦後に建てられた洋風建築で、レトロなおしゃれさはあるけれど冬は寒く夏は暑い家だ。ここで私は両親と祖母と兄と暮らしている。
キッチンでは母が忙しく料理を準備中。
私は黒い長めのボブヘアささっととかし、軽くメイクを直す。別に恋人と会うわけでもなく実の兄相手なのだけれど、兄の邦親は昔から過保護なほど私を大事にしてくれている。くたびれた顔を見せたくないのだ。
リップを塗り直しながら、私の唇がもう少しぽってりと厚くて睫毛がばさばさ長かったら、可愛かったかしらと思わずにいられない。
兄が猫かわいがりしてくれるほど、私は美人でもなくスタイルもよくない。
平々凡々な二十五歳。それが古賀(こが)柊子……もとい志筑(しづき)柊子だ。