離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる
瑛理が前髪をかきあげ、ため息をつく。くたびれたような態度に私はいら立った。

「やめておいて先延ばしにしてどうなるの?」
「柊子が離婚を希望してるのだって、今すぐにじゃないんだろう。なら、この場で話さなくてもいい。せっかくいい旅館に泊まって、美味い飯と露天風呂があるんだぞ」
「大事なことじゃない!」
「帰ってからにしようって言ってるんだよ。柊子が俺のこと好きじゃないのはわかったけど、幼馴染で友達なのは変わらないだろう? それなら、今日は友人同士として旅行を楽しまないか? そういう提案」

私は黙った。瑛理はきっと、私に気を遣っている。いや、この旅の残り時間を気まずくさせない工夫をしようとしている。

それはお互いのためには一番かもしれない。どうやったって明日の夕方くらいまでは一緒なのだ。そして、今日一日は少なくとも楽しかった。瑛理と離れなきゃと思う一方で、瑛理との時間を楽しんでいる私がいる。
この楽しい気持ちをなかったことにしたくない。

「わかった。確かに昼間、喧嘩しないように努力しようって言ったのは私! 一時休戦!」

私は切り替えるように宣言した。

「大浴場行ってくる!」
「おう、そうしろ。今夜は食べて飲むぞ」
「女将さんが別注文の大吟醸の話してなかった? それ頼んじゃおうよ」
「よし、決まった。そうしよう」

その晩私たちはお腹いっぱい食べ、四合瓶の日本酒をあれこれ頼んだ。心地よい疲労と酔いに包まれ、やがてそれぞれお布団に沈んだ。
新婚夫婦の夜は、友人同士の飲み会と化して終わったのだった。

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