離婚却下、御曹司は政略妻を独占愛で絡めとる
「悪いけど」

断りの言葉を口にしようとすると、横からひょいと顔を出し、口を挟んだのは兄の誠だった。

「水平さん、うちの弟新婚なんだよ。仕事が関係していてもそういう誘いはしないでやって」

ニコニコ笑って言うのが国外事業部の課長で、この会社の後継者である男。水平は明らかに顔色を悪くした。

「す、すみません。志筑課長、そういったつもりはなかったんです」
「だよね。水平さんは真面目そうだし、真剣に仕事してるだけだもんね。営業二課長に話通しておくから、わからないところは相談しなよ」
「大丈夫です。失礼します」

水平は頭を下げて、あわてて自身のデスクに戻っていった。
邪魔されたという不機嫌な顔を隠しきれずにいるあたり、性格は子どもっぽいとわかる。

「瑛理、これから外出なんだろ。俺と飯に付き合って」
「ああ」

うなずくと、ちょうど昼休憩の時刻となった。
外出準備を整え、兄とともにオフィスを出る。メトロの出入り口近くのイタリアンに入り、ランチを注文した。

「水平さん、瑛理のこと狙ってるんだよね。既婚者相手にガッツがあるな~」

兄はあははと陽気に笑う。基本的に兄は明るく陽気だ。
一方で腹の見えない部分がある。これは柊子の兄の邦親さんにも言えることだが、俺や柊子の知らないところで何手も先を読んで動いていることが多い。このふたりには、まだまだ俺が敵う相手ではないと思わされる。

「独身で正当な後継者の兄貴にアプローチすればいいのに。同じ金目当てなら」
「あ、俺はなんか嫌われてるみたいだよ。彼女に」

兄はへらへらと言う。嫌われていたって気にしないといった様子で。

「兄貴、何考えてるのかわからなくて怖いところがあるもんな」
「えー? ひどいなあ。でも、たぶんそうなんだろうね。水平さん、清楚で真面目な振りしてるだけっぽいし、きっと見透かされたくないこともたくさんあるんだろうね」

鋭い。こういうところが水平に嫌われる原因だと俺はしみじみ思った。
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