暴走環状線
〜東京帝都銀行本店ビル〜

最上階の社長室で、妻からの電話に苛立つ義光。

「そんなことで、手間を取らせるな。夕方になれば帰ってくるだろう。アイツがムダと判断したなら、帝山高校など行く必要はない」

「あなた、娘をアイツだなんて…」

「私にはもう、アイツが何を考えているか分からん。海外の有名な大学にでも留学させろ。その程度楽勝だろう。必要なら金で何とかすれば良い」

そこへ秘書の土屋香織が、ノックをして入って来た。

要人の秘書を数人経て、ふとした会議の場で義光の目に留まり、引き抜かれた有能な人材である。

「とにかく、帰って来たら話してみろ。帝山高校へは連絡しておく。もうあそこへの《《融資》》は止めだ」

携帯を切る。

「お取り込み中のところをすみません」

「いやいや、恥ずかしいところを見せたな。最近の若いやつは親への敬意がなくて、手に負えんよ」

「まぁ、義光様の手を煩《わずら》わせるなんて、お噂通り賢い娘さんでございますね」

柔らかな物言いだが、表情は変わらない。

「相沢湊人《あいざわみなと》様と時任亮介《ときとうりょうすけ》様がお見えです」

「相沢と時任が?2人揃って何の用だ。分かった、通せ。茶は要らぬ、誰も入れない様に頼む」

「畏《かしこ》まりました」

深礼をして下がる土屋。
少しして、2人を案内して来た。

「お待たせ致しました」

招き入れて、静かにドアを閉める。
呼びに戻った時、口論しているのが聞こえた。
2人の表情に、焦りの色を読みとる土屋。


「なんだ、真っ昼間から2人揃いおって。同窓会じゃあるまいし。周りから変な詮索でもされるのは御免だぞ」

警視庁公安部、相沢参事官。
国土交通省、時任執務長。
機密組織と交通災害を束ねる黒幕である。

もっとも、3人は同期であり、菅原の裏からの手回しが築いた地位であった。

「知ってるだろうが…明日あいつが出て来る」

2人の顔を見て、暫し考える。
(はぁ…小さいやつだな相変わらず)

「それがどうした。出所祝いでもやるか?」

「ふざけるな、知らないのか?今起きている連続爆破事件を」

気にも留めていなかった菅原の目が細まる。
笑顔が消えた。

「関係あるってのか?」

「部下に調べさせたが、死んだ3人はあいつの仲間だ。それに、1人は彼女らしい」

戸澤からの情報である。

「ほう。誰かが邪魔なハエを片付けてくれてるってわけか」

「それみろ、こいつはお前が殺ってると思っていたんだ」

相沢が呆れた様に告げる。

「馬鹿な、金は使うが殺しはやらん。何の得もないからな」

「ではいったいだれが?」

「それを調べるのが相沢、おまえら公安の仕事だろうが。とにかく、まずはあいつを確保し、殺人鬼を…殺れ。公認でできるのはお前だけだからな」

ノックの音。

「何だ」

土屋がドアを開き、頭を上げずに告げる。

「菅原社長、官邸へ出掛ける時間です」

「おお、もうそんな時間か。相沢、時任、手放したのを後悔しているんじゃないか?彼女は本当に頼りになる」

「ありがとうございます」

土屋は、この2人にも就いた経歴を持つ。
この3人を知り尽くしている、と言っても過言ではない。

「さあ、あとは相沢、任せたぞ」

菅原が先に出て、後に2人が続いた。

「行ってらっしゃいませ」

深礼する土屋。
その口元は、微かな笑みを浮かべていた。
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