暴走環状線
〜岐阜県美濃加茂市〜

東京から名古屋経へ。
帰省のついでに、かつての師匠が経営する、名古屋駅セントラルタワー内の和食レストランで、その料理を披露した。

名古屋からは、中央線で多治見へ。
そこから、ローカルな太多線を乗り継ぎ、故郷である、美濃加茂市の美濃太田駅で下車。

鈴蘭恭子。
和食を極め、数々の賞も受賞した巨匠。
今は東京で割烹料亭、『鈴蘭』を経営し、故郷に2号店をオープンさせたのである。

もう終電一つ前の電車であり、売店も片付けに入っていた。

「あら?恭子ちゃん!」

ふと覗いた売店から、懐かしい声がした。

「おばちゃん!うそ、まだ頑張ってたの?」

「懐かしいわね〜綺麗になってまぁ。聞いたわよ、お店っ!故郷の町おこしに貢献ね。私も一度でいいから行ってみたいわ〜」

「じゃあ…これ、ここの店は当面私の弟子に任せるから、これ持って家族で来てくださいな」

無料招待券を渡す恭子。

「いいのかかしら…あんな高そうなお店へ」

「大丈夫よ、ここは美濃加茂よ。畏《かしこ》まることはないわ。えっと…私は、これとこれと、あとビール頂戴」

「はいはい」

袋に入れて渡す。

「お代はいいわよ、お返しお返し」

「ありがとうございます」

「今日は何処に?」

故郷とはいえ、両親は若くして他界し、家は既に売却済みであった。

「そこに予約してあるから」

駅前のビジネスホテルを指さす。

「じゃあ、おやすみなさい」

そう言って、行きかけた恭子が立ち止まる。
少し考えてる風で、売店に戻ってきた。

「おばちゃん、もう遅いからビールだけでいいや。三十路も半ばになると我慢しなきゃね」

「そうかい…ならもう一本」

「それじゃ意味ないじゃない。アハハ」
笑いながら受け取り、ホテルへと向かった。


そこへ、駅の中から運転士が1人出てきた。
売店に前のベンチに座る。

「地元の人かい?」

「ええ、ここが誇れる美人料理人よ。東京でお偉いさん相手に、料理屋をやっててね」

店を閉めた店主も、隣に座る。
多治見方面の終電は終わり、明日の朝に多治見を始発する回送電車を送り届けるのが、彼の本日最後の仕事である。

売れ残りを食べながら、雑談をするのが日課の様になっていた。

暫くして。

「さて、そろそろ行くとするか」

そう言って立ち上がりかけた彼が、ふらついた。

「大丈夫かい?」
心配する店主。

「あ、ああ…歳には勝てんな」

帽子を被り、駅の中へと入って行った。






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