ハロー、愛しのインスタントヒーロー
覚えてるも何も。引っ越してきた当日に、とんでもない挨拶を食らった。
また来るね、と言っていたくせに、彼はあれから姿を見せない。
春休みを言い訳にして、外にはなるべく出ないようにしていた。うっかり彼と出くわしたら大変だからだ。
さすがに今日から始まる学校をそんなくだらない理由で欠席するわけにもいかず、こうして準備をしているけれど。
「……私、もう行くから」
母の質問には答えずに、鞄を持って玄関へ向かう。気怠さを感じながらも、ローファーに爪先を入れようとした時だった。
「奈々ちゃん! おはよー!」
無駄に元気なトーン。驚かざるを得ない声量でドア越しに叫んでいるのは、――間違いない。彼だ。
「うわ、びっくりした。なに、誰?」
これから寝るんだから勘弁してよ、と母がぼやく。
最悪だ。このタイミングで来るとは思わなかった。
絶対に開けたくない。でも開けないと学校には行けない。私が逡巡している間にも、彼は叫び続けている。
「ねえ、うるさいんだけど。早く出てよ」
後ろから母の怒りがじりじりと高まっているのを感じる。
ずっと会っていなかった幼馴染と、厄介な母。私が制御できるのは、恐らく前者だ。
そう判断して、渋々ドアを開けた。
「あっ、奈々ちゃん! おはよう!」