ハロー、愛しのインスタントヒーロー
一晩同じ部屋、薄い部屋着、ハグシーン。
勘違いをするには十分すぎるほど材料が揃っている。逆にここまで何もなかったのは絢斗が初めてだ。
「違う」
理解が及んでいない絢斗の代わりに答えると、母は浅く笑った。
「嘘つく必要ないでしょ。ほんとあんた見境ないね」
「だから、違うって言ってる」
思わず語気を強めてしまい、そこでようやく母は私の顔をまじまじと見つめた。まるで珍しい動物を観察するかのような目つきだ。
「へえ。じゃあ付き合ってるとか?」
「付き合ってない!」
「……何、急に大声出して。意味分かんない」
いま一番触れて欲しくない部分だったのだ。明確に線引きしたくなくて、曖昧に平穏に終われそうだったところを突かれて、意地になっている。
黙り込んだ私と対照的に、絢斗が口を開いた。
「僕が奈々ちゃんにわがまま言っただけです。一緒にいたいって」
「ふーん。それで一晩一緒にいて、何にもしなかったんだ」
「ええと、ご飯食べたり話したりしました」
そういうことじゃなくてさ、と母がため息交じりに肩をすくめる。
「セックスはしなかったんだねって言ってんの」