ハロー、愛しのインスタントヒーロー

0:40



「帰っちゃった。からかいすぎたかな」


絢斗が去っていったドアを見つめていると、母が呑気に呟く。
そんな軽い調子であんなことを言ったのか、と恨みたくなった。だって分からない。怖かったのだ。あんなに淡々と話す絢斗を見たのは初めてだったから。

得体のしれない焦燥感がじわじわと体を蝕む。絢斗を引き留めなければいけなかったような気がして、でもそうしたところであっさりと出て行くような気もして。

たった一つ、何かが明確に変わってしまった空気の揺れだけは感じていた。


「……聞きたいことがあるんだけど」


視線をゆっくりと母に戻す。ただ見つめていただけか、それとも睨んでしまっていたかは自分では分からない。


「お父さんと離婚した理由って、何?」


今更だと思う。これまで「どうでもいい」と退けてきたくせに、焦って手繰り寄せようとしている。


『成長していく度にあいつに似ていく。やっぱり、顔もそっくりになるもんだ』


父の言っていたことが本当なら、私が母の性質を強く受け継いでいるのなら、事実を知らなければいけない。母の過去を知って、きちんと軽蔑して、情を捨てなければならない。


『何かを選ばなきゃいけないなら、どっちかを捨てなきゃいけないなら、僕は奈々ちゃん以外、何もいらないって』

『あいつからは離れなさい。そうしないと、お前が幸せになれない』

< 164 / 212 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop