ハロー、愛しのインスタントヒーロー
何かを選ぶと同時に、何かを捨てること。絢斗が何年も悩んで苦しんで導き出した答え。
全部を大切になんてできない。それは絢斗だけではなくて、私自身にも言えることだった。
たとえ「大好きだった母」を心の中で殺すことになったとしても。
「お父さんに会ってきた。もう出すお金はないって。私も、そこまでして大学に行きたくないし行くつもりもない」
「……会ってきたって、」
「嘘つくのも誤魔化すのもなしで答えて」
吸い込んだ空気が震える。
「浮気してたって、本当?」
母の目線が床に落ちた。その口からため息が漏れて、私をあっさり突き放す。
「だったら何?」
心底煩わしそうな声色に、交わりさえしない視線に、希望の糸は切れてしまったのだと実感する。
心の中でナイフを握った。心臓を二つ刺した。
一つは「いつか私を大切に愛してくれるかもしれない母」で、もう一つは「理想の母を待ち続けている自分」だ。
期待をするから辛くなる。幸せを他人に委ねるから苦しくなる。
私は私のために、幸せになるために生きなきゃいけない。
「私、卒業したら出てくから。いくらでも男連れ込めばいいし、浮気もすれば?」
だけど、と勢い込んで続ける。母の伏せられた目は上がらない。
「私はあんたと違って浮気なんてしないから。絶対幸せになってやる。結婚して子供産んだとしても、その子にこんな思いさせない!」
言うだけ言ってベッドから降りた。制服に着替えて鞄を引っ掴み、外へ出る。
学校へ向かう道すがら、涙が出そうになるのを必死に堪えた。