ハロー、愛しのインスタントヒーロー
からん、と箸を落とした音で我に返った。
目の前で飛び散ったスープを早く拭き取らなければならないのに、手が、指先が震える。
「奈々ちゃん? どうしたの?」
今のは、いつの記憶だ。どうして今まで忘れていた。
違う。不必要だから、自分の中で優先順位が低くなったから、見つけづらくなっただけだったんだ。
もう、絢斗には会えないと思っていたから。
「……帰って」
「え?」
彼が腑抜けた顔で固まる。
「帰って。早く」
「何で? どうしたの急に、変だよ」
具合悪いの? と不安そうに眉尻を下げる絢斗に、私は首を横に振った。
「もうここに来ないで。ご飯持ってくるとか、そういうのもいらないから。私に構わないで欲しい」
「無理だよ! せっかく久しぶりに会えたのに……」
「絢斗」
真っ直ぐ彼の瞳を見据える。
「お願いだから、もう会いに来ないで」
ゆらゆらと不安定な眼差しが、悲しそうに歪んだ。絢斗は唇を噛み締めて、それから俯く。
「ずるいよ……」
泣いているのだと思った。絢斗は昔からそうだった。
「初めて名前呼んでくれたのに、そんなこと言うの?」
でも、顔を上げた彼は泣いてなんかいなかった。酷く寂しそうに、苦しそうに笑っていて、――私は、そんな顔を知らなかった。
『ごめんね。久しぶり、奈々ちゃん』
あの時と全く同じ笑い方。七年という月日は、確実に私たちを変えていたのだ。