ハロー、愛しのインスタントヒーロー
「奈々ちゃん、あの人、彼氏じゃないよね」
俯くと地面が揺れて滲んでいく。重力に従って落ちていく雫は、コンクリートに吸収された。
切り出した絢斗の声色は完全に慰めるトーンのそれで、余計に腹が立つ。腹が立つのに、どんどん涙が出てくる。
「彼氏だって」
「違うよ」
「彼氏なの! あんたも見たでしょ、してるとこ!」
「奈々ちゃんが、僕に、見せたんじゃなくて?」
息を呑んだ。弾かれるようにして顔を上げると、一ミリもへらへらしていない、真剣な絢斗がそこにいた。
数秒の沈黙の後、彼の頬が緩められる。その瞳が、泣きたいと言っている。
「奈々ちゃんの嘘つき。僕、分かるよ。だって奈々ちゃんさ、嘘つく時、いっつも目逸らすんだもん」
馬鹿で純粋な絢斗は、どこにいったんだろう。見たもの、聞いたもの、そのまま信じて疑わない、真っ白でふわふわな男の子。
絢斗はあの時、私の嘘に気が付いていた。つまり、それは。
「僕のこと、そんなに嫌い?」
私に彼氏がいたということではなく、私が嘘をついたこと、そのものに傷ついていた。そういうことだ。
今それを知って、棘が一層深く刺さっていくのを感じた。
「僕は離れてる間、奈々ちゃんを忘れた日なんてなかったよ」